日曜日の午後、徒然なるままに

日曜日、9時過ぎから、神戸市西区アップダウンコース(30キロ)を走った。
最近のお気に入りのコースで、適度のアップダウンがあり、飽きずに走れるのがいい。
登り区間を息が弾む程度に走ると、平坦な道を走っているときよりも距離を短く感じる。

でもさすがに20キロを越えてからの、桜ヶ丘への最後の登り区間は、
太ももがだるくなってきているので、行くか止めるかいつも悩むところ。
今日は、調子が良く脚もまだいけそうだったので、迷わず坂道を駆け登った。

1ヵ月後には泉州マラソンがある。
加古川マラソンが終わり、ちょっと緊張の糸が切れたようで、のんびりジョグを続けたい気分。
気合を入れるため、来週には武庫川SC主催の30キロ走に出る予定。
再びフルマラソンに向けて気持ちを上げて行きたい。


午後から特に予定もなく暇になったので、以前に読んだ本を読み返してみた。
ランニングとは全く関係ない本なので、ここに書くこともないのだが。

本のタイトルは、「夜と霧」。
ご存知の方も多いと思うが、第二次大戦中に、心理学者である著者のフランクルが、
ナチスの強制収容所に入れられていた時の過酷な体験を書いたもの。

初めて読んだ時は、極限状態での人間の様々な心理について、驚くばかりであった。
その中でも一番印象に残っているのが、愛の力は偉大であるということ。
このような文章を大真面目で書くと、次の会った時に吹き出されそうでちょっと恥ずかしいが、
初めて読んだ時はそのことを強く感じた。

その感動した箇所にアンダーラインを引いたが、あのときの感情が再び蘇った。
アンダーラインを引いた文章は次のようなもの。

著者が強制収容所に入れられて、絶望的な状況のなかで、
妻の面影を感じ、声を聞き、微笑むのが見えたときに、
「そのとき、ある思いがわたしを貫いた。何人もの思想家がその生涯の果てにたどり着いた真実、何人もの詩人がうたいあげた真実が、生れてはじめて骨身にしみたのだ。愛は人が人として到達できる究極にして最高のものだ、という真実。今のわたしは、人間が詩や思想や信仰を通じて表明すべきこととしてきた、究極にして最高のことの意味を会得した。愛により、愛のなかへ救われること!人は、この世にもはやなにも残されていなくても、心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、ほんのいっときにせよ至福の境地になれるということを、わたしは理解したのだ。」(「夜と霧」より)

再読してみて、改めて感じたのは、「生きるとは?」ということ。
この本には、その問いに答えた文章がいたるところにある。
幸いにも、この本を必要とするような心理状況に陥っていないが、
心理的にマイナスに振れているときに読むと、
プラスに振り戻してくれる力をこの本は持っていると思う。

今日、新たにアンダーラインを引いた文章、
「生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、
時々刻々の要請を満たす義務を引き受けることにほかならない。」(「夜と霧」より)


平和であること、走れること、平穏な心理状況にあることに感謝したい。
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by toshihi616 | 2012-01-15 00:00 | Trackback | Comments(0)

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